≪私の膝の受難!≫
私の右膝は十代の時に学校のクラブ活動で関節炎を起こしたのが最初でした。高校の時に入部したスポーツクラブ。新入部員のすることと言えば、ひたすら基礎体力作り。走れ走れ~、うさぎ跳びだの何とか歩きだの、他の部員を肩に背負ってのスクワット、サーキットトレーニングだのただただ体の酷使。突然始めた運動という名の膝の拷問。入部から一週間後には左膝に激痛が、そして膝が伸びない。
そして病院。
目の前には初めて見る妙に太い注射針。
確信的な嫌な予感。
金色に輝く太く長い注射針が膝の皿の外側から膝関節の中に。
表現し難い違和感と危険を感じる痛み。
膝の治療というより、注射針による新たなケガをしている感覚と予感。
そして関節より体液を抜く~「抜いちゃだめだ!」と身体の声が聞こえる。
それが済むと今度は注射器を変えて薬を入れる。
膝を引きずりながら帰宅した。
その後何回となく膝に刺された注射針。その後、何十年経ってもその注射針の刺し跡を明確に感じる。今でも消えることはない。そう、学生の時に感じた関節炎の処置は今でも間違っていたと感じる。膝を休ませるだけで治癒したはずだ!
その後の左膝は、とても弱くなってしまったことは言うまでもない。
≪今度はスキーでねじった左膝≫
札幌の体育の授業にスキー学習がある。今なら思う、スキー学習といってもスキーを教えられるレベルにはない教師。当然、スキー学習で上達した生徒は一人もいなったかも。当然、スキー学習を楽しいと感じたことは一度もない。
不幸はスキー学習の自由時間にやってくる。何の価値も感じないスキー授業のフラストレーション後の解放感から、必要以上のスピードで滑るスキー。足を滑らして大転倒。普段は外れまくるスキーのビンディングだが転倒の時には外れないビンディング。
左膝に感じる出血を伴う感覚の痛み。
そして病院。そして金色の太い注射針。そして表現し難い違和感とあの危険を感じる痛み。
何度となく左膝に感じる永遠に残りそうな注射針の刺し跡。そう、多分左膝を膝の傷が癒えるまで休ませるだけで良かったと、今では確信をもって感じる。
≪ソリで飛ばされた左膝≫
≪左足とともに左膝に起きた最後の受難!≫
≪習ったひざ痛の施術≫
≪膝の変異の原因は膝には無かった≫
≪誰も知らないひざ痛の治し方≫
~つづく